みなさんは「期待効用理論」というものを聞いたことはありますか?行動経済学を勉強している方にとっては基礎中の基礎であり、馴染み深いものだと思います。しかし、経済学の中では当たり前の理論ではなく、予想外の理論となっています。
今回は、期待効用理論がどのようなもので、どのように生み出されたのかについて紹介していきます。
期待値とは
期待効用理論を理解するには「期待値」と「効用」というものを理解する必要があります。
まずは期待値です。これは中学、高校の数学の授業で習ったのではないでしょうか(教育課程によっては習っていないかもしれません)。しかし、今後の議論で重要な考えになるため、今一度どういったものかを振り返ってみましょう。
期待値とは「1回の試行で得られる値の平均値」といった形で習うと思います。もう少し分かりやすく説明すると、「得られる値と、それが起こる確率をかけたものの和」を表します。具体例がある方がわかりやすいので、ここではサイコロを例にとってみましょう。
サイコロを1回振った時に出る目の期待値は何か?という問題があったとしましょう。サイコロの目は全部で6つあり、それぞれ同じ確率で出ると仮定します。すると、以下の表のように整理できます。
出目 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
確率 | $$ \frac{1}{6} $$ | $$ \frac{1}{6} $$ | $$ \frac{1}{6} $$ | $$ \frac{1}{6} $$ | $$ \frac{1}{6} $$ | $$ \frac{1}{6} $$ |
さて、問題の期待値です。先ほど「得られる値と、それが起こる確率をかけたものの和」と説明しました。ここでは、得られる値が「出目」であり、確率は「出目が出る確率」です。
その積の和なので、
$$ 1 \times{\frac{1}{6}} + 2 \times{\frac{1}{6}} + 3 \times{\frac{1}{6}} + 4 \times{\frac{1}{6}} + 5 \times{\frac{1}{6}} + 6 \times{\frac{1}{6}} = 3.5 $$
となります。この期待値3.5は、「サイコロを振って出る値の平均値は3.5だよ」ということを表しています。これを小難しくいったのが「1回の試行で得られる値の平均値」というわけですね。
ここでは、計算式も少し難しく、一般化して表してみましょう。
ある試行に対して、n通りの結果\(x_k (k= 1, 2, \cdots, n) \)としましょう。そして、それぞれの結果\(x_1, x_2, \cdots, x_n\)は\(p_k (k= 1, 2, \cdots, n) \)の確率で起こると仮定します。ちなみに、この確率によって値が決定する結果を確率変数といいます。
この時、期待値は以下のように表されます。
$$ \sum_{k=1}^{n}p_k \times n_k = p_1 \times x_1 + p_2 \times x_2 + \cdots + p_n \times x_n $$
これが期待値になります。経済学では必ずといっても良いほど出てくる概念なので、ここで初めて知った方はぜひ覚えておきましょう。
効用
ここまで、期待値についてみてきました。次に期待効用理論を理解する上でもう1つのポイントとなる「効用」についてみていきましょう。
効用とは、端的にいってしまうと「満足度」といえるでしょう。ここでいう満足感とは、ある物を買った時に感じる満足感を表します。例えば、僕がすごくほしいのでiPadを例に取りましょう。多くの人にとってはiPadを手に入れることができれば嬉しいはずです。もちろん、嬉しさの度合いは人それぞれですが、手に入れば嬉しく感じます。この嬉しく感じる度合いを「効用」といいます。
経済学ではこの効用で物事を評価することがしばしばあります。「金額ではなく効用で評価する」ということを覚えておきましょう。その差が経済学で重要になってくる場合があります。僕の場合、iPadを買うことができればかなりの満足感を感じられます。ここで仮にiPadを10万円としましょう。この満足度を仮に80くらいにしてみましょう。一方で、10万円のギターがあったとしましょう。僕はギターを弾けないので、10万円を支払ってギターを買ったところで嬉しさはそこまで多くはありません。良くて40くらいでしょうか。同じ10万円を使っているのに、効用にかなりの差のあることが見てとれますよね。
このように、金額ではなく効用で評価してあげることで、ものの価値の区別を図ることができます。これが効用を用いる意味合いです。そして、経済学ではこの効用を最大化するように人々は行動する(経済人)と考えています。誰だってできるだけ満足に、幸せに生きたいですからね。
期待効用理論
では、期待効用理論に話題を戻しましょう。といっても、ここまでの話を踏まえると非常にすんなりと理解できるはずです。
まず、期待値について再度考えましょう。今回は確率変数\(X (X_1, X_2, \cdots, X_m)\)を考えましょう。そして、それぞれの事象に対して\(P (P_1, P_2, \cdots, P_m)\)が与えられています。この時の期待値\(E(X)\)は
$$ E(X) = \sum_{i=1}^{m}{P_iX_i} $$
となります。例えば、あるくじについて、期待値5000円が当たるとします。そして、ある確率で0円だったり1万円だったりが貰えるわけです。そして、ここで2つの選択肢が与えられます。
A:このくじを引く。
B:期待値である5000円が貰える。
あなたはどちらを選択しますか?この実験を実際に行うと、多くの人がBを選択することが分かっています。しかし、経済学や数学的にはどちらも同じ期待値であるので、大差がないと考えてきました。多くの人はこうした選択肢が与えられた時、「リスク回避」を選択するのです。ここに現実との乖離があります。行動経済学は現実との乖離を捉えなおす学問ですので、ここに注目するわけです。
そんな時に生み出されたのが期待効用理論です。今までの期待値ではなく、効用を使って期待値を算出するのです。つまり、ある金額をもらった時どれだけ嬉しいかの期待値を出すのです。
また、これを計算する上で、初期保有という物を考慮します。初めから持っているお金です。小学生の頃に貰う1000円と、バイトや仕事を始めて貰う1000円だと嬉しさ(効用)は違いますよね?もちろん1000円貰えたら嬉しいですけど、小学生の時に初めて1000円を手にした際の嬉しさには遠く及ばないはずです。
さて、数式に落とし込んでいきましょう。初期保有を\(e\)、ある金額を持っている時の効用を\(u(g)\)とでも表しましょう。そして、くじで当たる金額、つまり確率変数\(X\)、その確率を\(P\)とします。
この時の期待効用\(E(u(e + X))\)は、
$$ E(u(e +X)) = \sum_{i=1}^{m}{P_iu(e + X_i)} $$
そして、この期待効用より、期待値の金額E(X)(例えば5000円)を確実に貰う効用の方が大きい場合(\( u(e + 5000) > E(u(e + 5000)\))先ほどのリスク回避の行動を取るわけです。期待効用理論ではこのリスク回避的行動をとると考えているため、多くの人が\( u(e + E(X)) > E(u(e + 5000)\)となります。
まとめ
ここまで、期待効用理論について説明してきました。従来の経済学では期待値をもとに人々の行動を図っていました。しかし、実験を繰り返すことで人々にはリスク回避の傾向があることが見出されます。そこで、期待効用理論が生み出されます。数式で期待効用を表すと
$$ E(u(e +X)) = \sum_{i=1}^{m}{P_iu(e + X_i)} $$
であり、リスク回避性のある人は\( u(e + E(X)) > E(u(e + X)\)と表せるわけです。
期待効用理論はかなり数式や理論によった考え方です。しかし、数式から人々の行動を捉え直していくという行動経済学の特徴を如実に表した理論ともいえるのではないでしょうか?この理論からリスク選好といった理論が見出され、アレのパラドックスが指摘されます。
そして、プロスペクト理論へと発展していきます。
アレのパラドックスやプロスペクト理論についてはこちらで解説しているので、併せてご確認ください!期待効用理論への理解度を更に高めてくれると思います!