皆さんは「履歴効果」という言葉を聞いたことがありますか?
経済学を学んでいても、あまりテキストなどで見聞きすることがない現象ですよね。
しかし、案外僕たちの身の回りによく起こっている出来事で、経済学でも重要な役割を担っているんです。
今回はあまり知られていない「履歴効果」がどのようなものであるのかを見ていきたいと思います!
僕は一橋大学大学院の経済学研究科で行動経済学について研究していました。経済学の面白さ、社会での有用性を広げるため、当ブログを開設しました。
このブログ(Economix)では経済学と大好きなガジェットを中心に情報発信しています。
履歴効果とは
履歴効果とは英語では”hysteresis“と呼ばれる現象を表していて、カタカナで「ヒステリシス」と呼ばれることも多々あります。
では、履歴効果とはいったい何なのでしょうか?
その答えは「履歴」という言葉を考えれば見えてきます。
「履歴」とはざっくりいうと「過去にあった出来事などの記録」ですよね。例えば、ブラウザの履歴、これは過去に検索したものの記録です。
そして、履歴を参照して調べなおしたりする際に役立てるわけです。
「履歴効果」も同様で、「過去の状況が現在にフィードバックをくれる」言い換えると「過去の出来事が尾を引いている」状態を表します。
例えば、何か小さなミスをしてしまったとします。すると、心の中にそのモヤモヤが残りますよね。しかし、時間が経てば経つほどそれは小さくなっていきます。ミスによっては忘れてしまうこともありますが、ものによってはそのモヤモヤは小さく胸に残り続けます。
経済学においても同様で、何か経済学的にインパクトがある出来事が起こると、その印象や効果が後へとずっと残り続けるという現象が発生します。これが「履歴効果」です。
経済への影響
では、経済における履歴効果を具体例を見ながら考えていきましょう。
世界では2007年ごろに大規模な金融危機が発生します。アメリカのサブプライムローン住宅の問題に端を発した出来事として有名です。
これによって世界経済は停滞に陥ってしまいます。
従来の経済学では、過去に起こったことはそれとして、未来に向けて計画立てられ、ある程度すぐに経済活動は従来水準に戻ってくると考えられていたのです。
しかし、実際の人間や企業はそうともいかず、心の奥底では「また金融危機が起こるんじゃないか」という不安を抱えているわけです。そのため、お金をあまり使わないように無意識にしてしまったりと暫く経済が停滞を迎えます。
このように、従来の経済学において重視されていなかった過去の出来事の影響、つまり履歴効果は大きく、経済動向を左右するものだったのです。
このことから、動学的なマクロ経済学の世界に履歴効果が組み込まれるようになり、市場の動向分析や経済政策へと影響を及ぼすようになってきています。
人の行動の心理的な偏り
従来の経済学は未来の情報を理性的に分析して、より良い経済行動を取る「経済人」という仮定のもとで繰り広げられてきました。
しかし、実際の人間はそんなに未来のことについて情報を持っていないし、希望や予想などを形成して行動をとっています。
経済人やその仮定の問題点については下の記事で解説しています。
では、そうした予想などはどのようにして生まれてくるのでしょうか。そう、過去の経験や出来事から学んで、未来を予想していくのです。
つまり、過去の出来事を心理学的に解釈して、出てきた結果に基づいて意思決定を行なっているということです。
実生活における例
ここで、より卑近な例をみていきましょう。
ある仕事をしていて、ミスをしてしまいました。すると、もちろんその問題を解決する必要があります。
そして、解決したらその解決方法をノウハウとして自分の中で蓄えるか、チームで共有していきます。
僕のいるIT業界ではそうしたオペミスなどはノウハウとしてチームで共有し、チームとしてのルールやリスク評価へと利用されていくのです。
そして、また同じような作業をするとなった際、そのノウハウなどからフィードバックされて、過去の出来事が反映されるわけです。
これも一種の履歴効果と言えるのではないでしょうか。
投資家と履歴効果
もう少し経済学的な話で見ていきましょう。
投資家は本来市場動向をつぶさに観察し、論理的かつ直観的に投資を行うことで自身またはファンドの利益の最大化を目指す職業です。
しかし、過去に成功体験や、失敗経験があったらどうでしょうか。本当に論理的な理解のみで行動を行えないものです。
「ここでもう少し続けたら損しそうだから撤退だ」とか「そろそろ売却した方が良いけど、前はもう少しいけたから引っ張りたい」といった心理が働いてしまいます。
これも、過去の経験によって今の意思決定が影響を受けている例です。
履歴効果と行動経済学
このように、これまで経済学の世界で重視されていなかった「心理」や「履歴効果」というものが様々な働きをしていて、理論では捉えきれていない余白を生み出しているのです。
こうした余白は従来の経済学的には「不合理」とも捉えられる出来事であり、無視されてきました。
しかし、近年脳科学や神経科学が発達するのも伴って、「それが人間だ」との認識が高まっています。
そんな中生まれたのが「行動経済学」です。
行動経済学は履歴効果のような「従来の経済学では不合理」と捉えられていた行動を「人間の行動・心理的に合理的か」で判断し、人間をよく理解し、人に寄り添った経済学の樹立を目指しています。
一種の経済心理学といった感じです。
まとめ
今回は履歴効果(ヒステリシス)について見てきました。
人は過去に引きずられる生き物であり、社会全体の経済だって過去に影響を受けてしまうのです。
従来の経済学では無視されてきたこの点に動学マクロ経済学や行動経済学はアプローチして、よりよく社会を説明できる理論や体系を探し求めているのです。
このブログでは、行動経済学を中心として様々な経済事象(と趣味のガジェット)を扱っています。
他の記事でも日常に潜む「不合理」について紹介しているので、ぜひ見てみてください!