ヒューリスティックスとは

行動経済学
行動経済学

行動経済学を勉強しているとよく目にする理論として「プロスペクト理論」が挙げられます。そして、理論というより手法ですが、「ナッジ」もよく見聞きするものではないでしょうか?これらに次いでよく取り上げられる例が「ヒューリスティックス」というものになります。

これは僕たちの日常の様々な場所に潜んでおり、知らず知らずのうちにヒューリスティックスに従った(騙された)判断をしてしまっているのです。

今回はこの「ヒューリスティックス」について紹介し、どれだけ僕たちが直感に支配され判断しているか示していきたいと思います。

僕は一橋大学大学院の経済学研究科で行動経済学について研究していました。経済学の面白さ、社会での有用性を広げるため、当ブログを開設しました。
このブログ(Economix)では経済学と大好きなガジェットを中心に情報発信しています。

ヒューリスティックスとは

では、ヒューリスティックスとは何なのでしょうか?ヒューリスティックスとは、これまで前説で触れてきた通りなのですが、「直感による判断」を表す言葉です。経済学の世界では「経済人」という仮定がおかれており、人々は「利己的かつ合理的に自身の効用を最大化するように行動する個人」であるとされています。
ここでの「合理的」という言葉が意味するのは、スーパーコンピュータばりに計算ができて、一瞬にして数学的、経済学的に最も利益を得られる行動を算出できる、ということです。この表現からお分かりの通り、実際の人間はそんなこと不可能です。実際、ある程度計算を実施する場合もありますが、「思考費用」などの関係からそこには「限界合理性」が認められます。

実際の人間は常に計算して生きている訳ではありません。何か出来事があった際、「これがこうだから、、、」と論理を展開させて理解することは稀で、「直感」に従って行動することがほとんどなのです。これこそが「ヒューリスティックス」なのです。
そして、直感なので必ずしも経済学的に合理的ではなく、おおよその場合で誤った、またはもったいない判断を下すことがあるのです。

こうしたヒューリスティックスにはいくつか種類があり、ここでは代表的な「代表性ヒューリスティックス」「利用可能性ヒューリスティックス」「アンカリング効果」の3つに触れたいと思います。

代表性ヒューリスティックス

それでは初めに「代表性ヒューリスティックス」について見ていきましょう。こちらは「代表性」とあるように、「代表的なものからあるものをカテゴリ付けてしまうこと」です。より卑近な言い方にすると「固定観念」に縛られて物事を判断してしまうということです。

トヴェルスキーとカーネマンはこのヒューリスティックスについて実験を実施しています。彼らはいくつかの実験をしたのですが、ここではある1例をご紹介します。以下は、彼らの実験の訳になります。

ビルは34歳です。彼は賢いものの、想像力が乏しく、生真面目で、基本的に活力に欠けています。学校では数学に強いものの、社会学や人文科学が苦手です。

ビルは趣味でポーカーを嗜む物理学者である。
ビルは建築家だ。
ビルは会計士だ。 (A)
ビルは趣味でジャズをする。 (J)
ビルは趣味でサーフィンをする。
ビルは記者だ。
ビルは趣味でジャズをする会計士だ。 (A&J)
ビルは趣味で山に登る。

Tversky, A., & Kahneman, D. (1983). Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment. Psychological Review, 90(4), 293–315.

上の実験を見てみると、ビルについて様々な予測が立てられています。実験では、あり得そうなものから順に並べてほしいと聞き、その結果の平均順位をとります。

数学が得意という記述があるので、(A)はビルっぽいですよね。しかし、想像力に欠けているとあるので、メンバーと合わせつつも個々人が想像力に長けた演奏をするジャズ(J)はビルっぽくありません。

ここで思い出してほしいのは(A&J)の選択肢です。これは(A),(J)の2つの条件があるのですから、その順位は(A),(J)よりも低くなるか(J)と同じになるべきです。確率論的にいうと結合事象ですね。しかし、実験結果ではA > A&J > Jとなったのです。

これは、ビルっぽい人の代表例を想像した時に似ている順に並べてしまうため、と分析されています。「ビルがどの順番で属していそうか」を聞かれているのに「そのカテゴリにいる人とビルが似ているか」で判断されると考えられるということです。

他にもリンダという架空の女性を作り、同様の実験をしたところ、同様の結果が得られました。
これが代表性ヒューリスティックスになります。

利用可能性ヒューリスティックス

次にご紹介するのは「利用可能性ヒューリスティックス」です。こちらは「パッと思いつく例の数だけである出来事の確率を決めてしまう」というものです。

このヒューリスティックスについても194年の論文の中でトヴェルスキーとカーネマンの二人が実験を行っています。この論文中で、彼らは人々が曖昧な値を評価する時、どれほど自身の認知のみに依拠して評価を行なっているのかを実験しています。
今回はその中から利用可能性ヒューリスティックスに関する実験をご紹介します。

ランダムに選んだ英語の教科書から(3文字以上の)単語を抜き出すという状況を想像してください。”r”から始まる単語と”r”が3文字目の単語のどちらが多く出てきますか?人々はrで始まる単語(例 road)と3文字目にrがある単語(例 car)を思い出すことでこの問題に答えようとします。そして、これらの2種類の単語で思いついたものから頻度を把握しようとします。1文字目の方が3文字目よりもかなり思いつきやすいので、多くの人は与えられた子音が1文字目の方が3文字目のものよりも多いと判断するのです。1文字目より3文字目に子音(例 rやk)が登場する場合であっても同様の判断を下すのです。

Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgement under Uncertainty: Heuristics and Biases. Science, NewSeries, 185(4157), 1124–1131.

つまり、3文字目がrである単語が多い場合であっても、1文字目がrの単語の方が思い出しやすいので「1文字目の方が多い!」と判断してしまうというわけです。

これが利用可能性ヒューリスティックスです。

アンカリング効果

最後に「アンカリング効果」を見ていきましょう。アンカリングとは、船のアンカーのように頭の中にある考えが引っかかって離れない状態を表します。あらかじめ与えられた情報が頭の中に残り続け、関係ないものであっても、それに寄せた判断をしてしまうのです。

ここでは、人が判断を下す時の起点を初期値と呼びます。そして、初期値にアンカーが与えられるとそれに引っ張られて判断に歪みが出てしまうのです。

こちらについても先ほどの利用可能性ヒューリスティックスと同様に1974年のトヴェルスキーとカーネマンの実験によって明らかにされています。

アンカリング効果の実証として、被験者は様々な量について割合(例 国連の中のアフリカの国の割合)を予測するように指示される。各問いに対して、初期値としてルーレットを回して0から100までの数が与えられる。そして、被験者は予想は初期値と比べてかなり大きいかかなり低いかを答えさせられ、その初期値を上か下かに動かして予測する値を推定するように言われる。異なる被験者グループには異なる初期値がそれぞれの問いに与えられる。これらの任意の値は予測をする際のマーキングとなるのである。例えば、初期値として10%と65%を与えられたグループの、国連に対するアフリカの国の割合予想の中央値は、それぞれ25%と45%となった。正確な環境であってもアンカリング効果は認められた。

Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgement under Uncertainty: Heuristics and Biases. Science, NewSeries, 185(4157), 1124–1131.

今回の場合はルーレットで出た値をアンカーとしました。もちろん、ルーレットで偶然出た値なので、アフリカの国の割合となんて一切関係ありません。しかし、一言「ルーレットの値より大きいと思いますか?少ないと思いますか?」と問われてしまうだけで、人間はまるで関係のある数のように感じてしまうのです。
そして、結果として答えもその初期値に近寄った値になってしまいます。

僕は大学院でアンカリング効果に関する実験を行ったのですが、実際に関係ない値をまず提示するだけで、それに引っ張られた回答が得られました。これをうまく用いることで、人々の行動をある程度誘導することも可能であると思われるので、十分ナッジの余地があるなと感じさせられました。

まとめ

ここまで3種類のヒューリスティックスについて見てきました。どれも異なる理論ではありますが根底にあるのは「直感で判断する」ということです。

「代表性ヒューリスティックス」では代表的なもので人々は物事をカテゴライズしてしまいます。まさしく固定観念のような感じです。「利用可能性ヒューリスティックス」ではぱっと思いつく例だけで判断を下してしまいます。「アンカリング効果」では、関係ないものでも直前に与えられたものに考えが引っ張られてしまいます。

どれも無意識下で起こっている事象で、おそらく我々の日常で数多く起こっているでしょう。これらを正しく理解し、日々の「認知の歪み」をより良い方向に向けられればと思います。そういう意味でもナッジをうまく活用することは必要になってくるのかなと思います。

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