アレのパラドックスとは – 期待効用理論の課題

行動経済学
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前回、期待効用理論についてご紹介してきました。しかし、期待値に対する行動経済学の研究はそれで留まらず、リスク回避について深掘りが進められます。さらに、モーリス・アレによって課題があることが明らかにされるのです。

今回はこの一連について見ていき、アレのパラドックスとは何であるのかをご紹介します。アレのパラドックスはプロスペクト理論の原点にもなります。行動経済学の有名な理論の原点なので、是非バックグラウンドから理解していきましょう。

僕は一橋大学大学院の経済学研究科で行動経済学について研究していました。経済学の面白さ、社会での有用性を広げるため、当ブログを開設しました。
このブログ(Economix)では経済学と大好きなガジェットを中心に情報発信しています。

リスク回避とリスク選好

前回の期待効用理論では最後にリスク回避について触れました。そこから話を進め、リスク選好について見ていきましょう。まず、前回の期待効用理論のモデルを再掲します。
初期保有を\(e\)、ある金額を持っている時の効用を\(u(g)\)とでも表しましょう。そして、くじで当たる金額、つまり確率変数\(X\)、その確率を\(P\)とします。
この時の期待効用\(E(u(e + X))\)は、

$$ E(u(e +X)) = \sum_{i=1}^{m}{P_iu(e + X_i)} $$

そして、行動経済学では以下の選択肢を与えられた場合、多くの人が確実な選択(B)をとるとされています。
A:このくじを引く
B:期待値分の金額を貰う

これがリスク回避です。つまり、多くの人の選好が\( u(e + E(X)) > E(u(e + X)\)となります。
では、Bでどのような金額を提示された場合、A,Bを選択する人が同じくらい(無差別)になるのでしょうか?その金額を\(y\)として見ましょう。すると、モデルは以下のように表されます。ちなみに、選好は本来数字で表せるものではなく、単に順番を表すものです。なので、ここでは\(=\)ではなく\( \simeq\)を使って表したいと思います。

$$ u(e + y) \simeq E(u(e + X)) $$

これが満たされた時、選好は無差別となるのです。この時の\(y\)を「確率等価」といいます。そして、本来の期待値と確率等価の差\(E(X)-y\)を「リスクプレミアム」と呼びます。このリスクプレミアムは今回の場合では正であり、危険回避的選好を表します。期待値を貰える場合Bの方がお得な気がするのですから、くじを引こうかなって気分になるには確率等価が期待値より安くなる必要がありますからね。このように、これまでは危険回避の場合のみをみてきました。
しかし、世の中には危険中立的選好危険愛好的選好の人もいるかもしれません。それぞれに対応するリスクプレミアムは0になります。

このように、期待効用理論から人々のリスクに対する振る舞いを数式にて表すことができました。リスクプレミアムを\( \rho \)とすると、

$$ \begin{cases}\rho \prec 0 : 危険愛好的 \\ \rho \simeq 0 : 危険中立的 \\ \rho \succ 0 : 危険回避的 \end{cases}$$

という形で表すことができます。

アレのパラドックス

そして、ある人のリスク選好は一貫して上のパターンのどれか1つであると考えられていました。しかし、この期待効用理論やリスク選好について信じられていた考えにはまだまだ足りない部分があったのです。それを発見したのがモーリス・アレであり、そのことから「アレのパラドックス」と称されています。
ここからは、アレのパラドックスはどのような実験よって発見されたのかを見ていきましょう。

モーリス・アレは1953年、くじについて以下の実験を実施しました。2つのくじについての質問を用意し、それに回答してもらうという単純な実験です。しかし、それが思いもよらぬ矛盾、つまりパラドックスを明らかにしたのです。

<実験1>
A:確実に10億フラン貰える。
B:1%の確率で0フラン、10%の確率で50億フラン、89%の確率で10億フランが貰えるくじ
このどちらかの選択肢が与えられた際、多くの人はAを選択しました。

<実験2>
C:11%の確率で10億フラン、89%の確率で0フランが貰えるくじ
D:10%の確率で50億フラン、90%の確率で0フランが貰えるくじ
この場合では、多くの人がDを選択しました。

ここで、それぞれについて期待効用理論に基づいて選好を表すと、
実験1:\( u(10億) \succ 0.01 \times u(0) + 0.1 \times u(50億) + 0.89 \times u(10億) \)
実験2:\( 0.11 \times u(10億) + 0.89 \times u(0) \prec 0.1 \times u(50億) + 0.9 \times u(0) \)

実験1において両辺から\( 0.89 \times u(10億) \)を引いて、整理した実験2の選好と並べましょう。
実験1: \( 0.11 \times u(10億) \succ 0.1 \times u(50億) \)
実験2: \( 0.11 \times u(10億) \prec 0.1 \times u(50億) \)

何か違和感に気づきませんか?そうです、左辺、右辺は実験1も2も同じなのに、不等号の向きが逆なのです。この矛盾こそが「アレのパラドックス」になります。これによって期待効用理論のみでは人々の選好を十分に説明できないことが示されたわけです。

ここまでは確率が明確に示されている場合のみに着目してきました。しかし、ナイト流不確実性と呼ばれる、確率が分からない環境でも、パラドックスが示されました。これはエルスバーグパラドックスと呼ばれるものになります。こちらはまた別の機会にてご紹介したいと思います。

まとめ

ここまでリスク回避を出発点にアレのパラドックスをみてきました。期待効用理論で人間の選好を十分に説明できると考えられてきました。そして、期待効用理論から選好を無差別にするような「確立等価」が見出され「リスクプレミアム」の概念が導入されます。そして、リスクプレミアムを用いてリスクに対する振る舞いを数式化できるようになりました。

これで選好の説明はある程度完成されたと思われていました。しかし、アレの実験によって選好はそれだけで説明できないという「アレのパラドックス」が示されたのです。ここからパラドックスを克服した理論の樹立が進められていくことになります。一番有名な例としては、カーネマンとトヴェルスキーによって確立された「プロスペクト理論」ではないでしょうか?
プロスペクト理論についてはこちらで紹介しているのであわせてお読みください!

行動経済学の本に関してはこちらで紹介しています!

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